ファスティングの話には、必ず「12時間」という数字が出てきます。
なぜ12時間なのか。11時間ではだめなのか。そして、よく勧められる「16時間」という数字は、どこから来たのか。
その答えは、あなたの肝臓に入っている「700kcalの貯金」にあります。
- 肝臓には約700kcalの糖が貯金されている。カツ丼1杯にも満たない量
- 脳は体重の2%なのに、糖の6割を消費している
- 体のほとんどの臓器は脂肪を使えるのに、脳だけは使えない
- 16時間が推奨される理由は、「12時間+余裕」だから
- 運動を挟むと、スイッチは早く入る
肝臓には「700kcalの貯金」が入っている
まず、この話から始めます。
ご飯やパンを食べると、体はそれを糖(ブドウ糖)に分解します。すぐに使う分はエネルギーとして消費され、余った分は肝臓に貯金されます。
糖をまとめて保管しておくための形です。ブドウ糖がたくさんつながった構造をしていて、必要になったらまた1個ずつ切り離して使えます。
肝臓のほかに、筋肉にも蓄えられています。ただし筋肉のグリコーゲンは、その筋肉が自分で使う専用。血糖として全身に配られるのは、肝臓の分だけです。
この肝臓の貯金、量にしておよそ700kcal分と言われています。
700kcalって、どれくらい?
数字だけではピンとこないので、身近なものに換算してみます。
| 700kcalは、だいたい… |
|---|
| ごはん茶碗 約4.5杯(1杯156kcal) |
| 食パン6枚切り 約4.5枚 |
| カツ丼 約0.8杯 |
| 体重60kgの人がジョギング 約100分 |
意外と少ない、と感じませんか。
カツ丼1杯ぶんにも満たない量。これが、私たちが「すぐ使える糖」として持っている全在庫です。
ちなみに、脳だけで1日120g食べています
もうひとつ、驚く数字があります。
脳の重さは体重のわずか2%にすぎません。ところが、体全体のエネルギーの20〜23%を消費します。1日あたりのブドウ糖にして、およそ110〜140g。
これは、安静時に体が消費する糖の約6割にあたります。
Owen OE, et al. J Clin Invest. 1967;46:1589-1595. / Cunnane SC, et al. 2016
体重60kgの人なら、脳はたった1.2kg。それが、糖の6割を持っていく。考えているだけで、体はエネルギーを使い続けているのです。
肝臓の貯金が700kcal(糖にして約175g)。そこから脳が毎日120g前後を要求する。この収支を見れば、貯金が半日ほどで尽きる理由が分かります。
そして体は、寝ている間も脳や内臓を動かすためにエネルギーを使い続けています。何も食べなければ、この貯金は着実に減っていきます。
なぜ「12時間」なのか
ここからが本題です。
ファスティング研究の総説によれば、肝臓のグリコーゲンは、エネルギーの摂取がない状態が少なくとも10〜12時間続くと枯渇します。
グリコーゲンが尽き、脂肪酸が動員され始めるこの時点を「代謝スイッチ(metabolic switch)」と呼びます。通常、最後の食事から12時間を超えたあたりで起こるとされています。
Anton SD, et al. Obesity. 2018;26(2):254-268.
つまり「12時間」という数字は、誰かが決めた目標ではありません。
肝臓に入っている貯金の量と、体が1日に使うエネルギーの量。この2つから、自然に決まってくる時間なのです。
貯金が尽きると、何が起きるか
糖の在庫が切れても、体は止まりません。次の燃料に切り替えます。それが脂肪です。
脂肪は分解されて脂肪酸になり、肝臓でさらに処理されて「ケトン体」という物質になります。
脂肪を分解したときにできる、糖の代わりのエネルギー源です。βヒドロキシ酪酸(BHB)とアセト酢酸という2種類が主なものです。
脳は基本的にブドウ糖を燃料にしていますが、ケトン体も使うことができます。糖が足りなくなったときのために、体が用意している仕組みです。
実は、脳だけが脂肪を使えない
ここで、少し変わった事実をお伝えします。
心臓も、筋肉も、腎臓も——体のほとんどの臓器は、糖がなければ脂肪をそのまま燃やせます。食事と食事の間や、寝ている間、日常的にやっていることです。
ところが脳だけは、脂肪をそのまま使えません。脂肪酸は脳に入りにくいのです。
だから体は、わざわざ脂肪を肝臓でケトン体に作り替えて、脳に届けます。ケトン体は、脳のためだけに用意された特別な燃料と言ってもいいでしょう。
分かったのは、たった60年前
ケトン体が脳の主要な燃料になりうると分かったのは1967年のことです。長期の絶食時に、脳が必要とするエネルギーの最大60%をケトン体でまかなえることが示されました。
それ以前、ケトン体は「脂肪が分解されたときに出る、単なる副産物」と考えられていました。
Owen OE, Morgan AP, Kemp HG, et al. Brain metabolism during fasting. J Clin Invest. 1967;46:1589-1595.
人類が火を使い始めて数十万年。ケトン体の役割が分かったのは、たった60年ほど前です。
ちなみに、しくみが解明される前から使われてはいました。1920年代には、糖質を制限した食事が小児てんかんの治療に有効だと報告されています。理由は分からないまま、経験的に効果が知られていたのです。
12時間から24時間で、10倍近くに跳ね上がる
健康な成人の血中ケトン体濃度は、12時間の絶食後で約100〜250μM。24時間後には約1mM(1000μM)まで上昇します。
Puchalska P, Crawford PA. 2017
12時間から24時間の間に、およそ4〜10倍。ここでスイッチが入り、一気に切り替わっていることが数字からも見て取れます。
この切り替えは、進化の過程で受け継がれてきたものだと考えられています。食料が常に手に入る環境のほうが、人類の歴史では例外的でした。食べられない期間を乗り切るために備わった機能、というわけです。
「3食+間食」だと、スイッチは一度も入らない
ここが、この話でいちばん重要な部分かもしれません。
朝7時に朝食、12時に昼食、19時に夕食。間に少しおやつ。——ごく普通の食生活です。
この場合、食事と食事の間隔は最大でも5〜7時間程度。12時間には遠く届きません。
夜も、19時に夕食をとって翌朝7時に朝食なら、ちょうど12時間。ぎりぎり届くか届かないかというところです。
1日3食に間食を加える食生活を続けている人では、代謝スイッチが一度も入らず、ケトン体の値は非常に低いまま推移することが示されています。
Anton SD, et al. Obesity. 2018;26(2):254-268.(48時間の血糖・ケトン体プロファイル比較より)
つまり多くの人は、生まれてから今まで、脂肪を使うモードにほとんど入ったことがない可能性があります。
脂肪が減りにくい、という悩みの背景には、こうした事情もあるかもしれません。使うモードに入る機会そのものが、日常の中にないのです。
16時間が推奨される、本当の理由
ここまで読むと、疑問が湧くと思います。
12時間でスイッチが入るなら、なぜ16時間を勧められるのか。
理由は3つあります。
理由1|12時間はスタート地点にすぎない
12時間はあくまで「切り替わり始める」時点です。そこから脂肪の利用が進むまでには、もう少し時間がかかります。
12時間で終わってしまうと、スイッチが入った瞬間に食事をして、また元に戻すことになります。せっかく切り替わったのに、活かせません。
理由2|個人差の余裕を見ている
グリコーゲンが尽きるまでの時間には、当然ながら個人差があります。前日に何をどれだけ食べたか、活動量はどうだったかによって変わります。
たくさん食べた日の翌日は、貯金も多く残っています。12時間ちょうどでは足りない日もある。16時間なら、多少のばらつきがあっても確実に届きます。
理由3|睡眠時間が含まれるから
そして、これが最大の理由です。
16時間のうち、実際に「我慢している」のは起きている時間だけ。この例なら、起床から昼食までの6時間です。
朝食を抜くだけ、と言ってもいい。だから続きます。
16時間という数字だけを聞くと、かなり長く感じると思います。私も最初はそう思いました。
でも時計に並べてみると、印象が変わります。大半は寝ているだけなのです。
ファスティングが続かない方の多くは、いきなり24時間や2〜3日を目指してしまうケースです。まずは夕食の時間を少し早めて、朝食を昼にずらす。それだけで16時間になります。
運動を挟むと、スイッチは早く入る
時間を短縮する方法があります。あまり語られていませんが。
グリコーゲンが尽きるまでの時間は、「食べない時間の長さ」だけで決まるわけではありません。
肝臓のグリコーゲンは、10〜12時間エネルギーの摂取がない場合のほか、エネルギー消費が高い状況でも枯渇します。たとえば、最後の食事から4時間経過した状態で1時間ランニングを行った場合などが挙げられています。
Anton SD, et al. Obesity. 2018;26(2):254-268.
つまり——
≒ 12時間ぶんの効果
貯金が700kcalしかないことを思い出してください。ジョギング100分でほぼ使い切る量です。運動は、時間をかけずに在庫を減らす手段なのです。
ファスティング中に軽い運動が勧められるのは、こうした理由もあります。散歩、早歩き、軽い筋トレ、ヨガあたりが適しています。
ただし、激しすぎる運動(HIITなど)は控えてください。空腹時に高強度の運動を行うと、低血糖やふらつきの原因になります。「軽く汗ばむ程度」が目安です。
脳が必要な量と、肝臓が作れる量が、ほぼ一致する
最後に、個人的にいちばん驚いた話を。
肝臓は1日あたり100〜150gのケトン体を産生できる能力を持っています。これは、絶食時に脳が必要とするケトン体の量を十分にまかなえる水準です。
Cunnane SC, et al. Ann N Y Acad Sci. 2016
脳が1日に必要とする糖が110〜140g。そして肝臓が作れるケトン体が100〜150g。数字がほぼ一致しています。
偶然ではないでしょう。食べられない状況でも脳を動かし続けられるように、体はきちんと計算された仕組みを持っている——そう考えるほうが自然です。
医学的な管理下で40日、60日という絶食を行った研究でも、ケトン体が脳の主要な予備燃料として働くことが確認されています。人間の体は、想像以上に「食べられない状況」への備えができているのです。
あなたのスイッチは、何時に入るか
ここまでの話を、自分の生活に当てはめてみましょう。
やることは1つ。夕食を終えた時刻に、12時間と16時間を足すだけです。
| 夕食を終えた時刻 | スイッチが入る (+12時間) |
16時間到達 (食事再開) |
|---|---|---|
| 18:00 | 翌6:00 | 翌10:00 |
| 19:00 | 翌7:00 | 翌11:00 |
| 20:00 | 翌8:00 | 翌12:00 |
| 21:00 | 翌9:00 | 翌13:00 |
| 22:00 | 翌10:00 | 翌14:00 |
この表を見ると、夕食の時刻を1時間早めるだけで、翌日の予定がずいぶん楽になることが分かります。
20時に夕食を終えれば、昼12時に食事を再開できます。ごく普通のランチタイムです。特別なことは何もしていません。
スイッチが入っているか、分かる方法はある?
「今、脂肪を使うモードに入っているのか知りたい」と思われるかもしれません。
厳密に知るには、血中や尿中のケトン体を測定する必要があります。薬局で買える尿検査紙や、指先から血液を採る測定器も市販されています。
ただ、個人的には測らなくてもいいと思っています。
測定に意識が向きすぎると、数値を上げること自体が目的になりがちです。ファスティングは短期間の一時的な代謝の切り替えとして使うものであり、長期の極端な糖質制限や、過度なケトン体産生を目的にするのは推奨されません。
ケトン体の上昇は自然な生理的反応ですが、すべての人にとって安全というわけではありません。糖尿病の方(特に1型・インスリン使用者はケトアシドーシスのリスクがあります)、甲状腺疾患のある方、痩せ型で栄養状態が不安定な方、高齢の方や持病のある方は、ファスティングを始める前に必ず医師にご相談ください。
代謝スイッチに関するよくあるご質問
12時間ちょうどでスイッチは入りますか?
「12時間を超えたあたり」が目安です。前日の食事量や活動量によって前後します。確実に入れたい場合は16時間を目標にしてください。
水やお茶を飲んでもスイッチは入りますか?
はい。血糖を上げない飲み物であれば影響しません。ただしジュースや砂糖入り飲料は血糖を上げるため、そこまでの時間が振り出しに戻ります。
寝ている時間もカウントしていいのですか?
はい。体は寝ている間もエネルギーを使い続けているので、グリコーゲンは消費されています。むしろ睡眠時間を活用するのが、16時間ファスティングの要です。
朝食を抜くのは体に悪いのでは?
「朝食は必ず食べるべき」という考え方と、時間制限食の考え方は立場が異なります。ご自身の体調や生活リズムに合うほうを選んでください。合わないと感じたら無理をしないことが大切です。
運動はいつすればいいですか?
空腹時間の後半に軽い運動を挟むと、グリコーゲンの消費が進みやすくなります。ただし激しい運動は避け、体調に異変を感じたら中止してください。
16時間より長くやったほうが効果は出ますか?
時間が長いほど脂肪代謝は進みやすくなりますが、同時に低血糖や脱水などのリスクも上がります。まずは16時間を1〜2週間続けて、体が問題なく対応できるか確認してください。
まとめ
- 肝臓の糖の貯金は約700kcal。カツ丼1杯にも満たない量です
- 脳は体重の2%なのに、糖の6割を消費します(1日110〜140g)
- 貯金が尽きるのが10〜12時間。だから「12時間」という数字が出てきます
- 体のほとんどの臓器は脂肪を直接使えますが、脳だけは使えません。だからケトン体が必要です
- ケトン体が脳の燃料になると分かったのは1967年。意外と最近の発見です
- 16時間が推奨されるのは、12時間+余裕を見た数字だから
- 16時間のうち大半は寝ている時間。実際に我慢するのは数時間です
- 運動を挟むと、スイッチは早く入ります
- 夕食の時刻に12時間・16時間を足せば、自分のスケジュールが分かります
「12時間」も「16時間」も、誰かが決めた根性の目標ではありません。体のしくみから導かれた数字です。
理由が分かると、続けやすくなります。まずは今日の夕食の時刻を確認するところから始めてみてください。
ファスティングの原理全体については、こちらでまとめています。
▶ ファスティングの原理を3つで解説|体の中で何が起きているのか
ファスティング中に飲んでいいものについては、こちらをご覧ください。
▶ ファスティング中に飲んでいいものは?酵素ドリンクは必要か
本記事は、ファスティングに関する一般的な情報提供を目的としたものであり、医学的なアドバイス、診断、治療を提供するものではありません。効果や体感には個人差があります。実践される際は、ご自身の判断と責任のもとで行ってください。体調不良を感じた場合は直ちに中止し、必要に応じて医療機関を受診してください。
参考文献
- Anton SD, Moehl K, Donahoo WT, et al. Flipping the Metabolic Switch: Understanding and Applying the Health Benefits of Fasting. Obesity. 2018;26(2):254-268.
- Owen OE, Morgan AP, Kemp HG, et al. Brain metabolism during fasting. Journal of Clinical Investigation. 1967;46(10):1589-1595.
- Cunnane SC, Courchesne-Loyer A, Vandenberghe C, et al. Can ketones compensate for deteriorating brain glucose uptake during aging? Annals of the New York Academy of Sciences. 2016;1367(1):12-20.
- Puchalska P, Crawford PA. Multi-dimensional Roles of Ketone Bodies in Fuel Metabolism, Signaling, and Therapeutics. Cell Metabolism. 2017;25(2):262-284.
- Mattson MP, Moehl K, Ghena N, et al. Intermittent metabolic switching, neuroplasticity and brain health. Nature Reviews Neuroscience. 2018;19:81-94.
- 文部科学省「日本食品標準成分表2020年版(八訂)」
ファスティング中の水分・塩分補給をサポートするスープはこちら↓

